社員が議員に立候補する際の会社対応ガイド

社員が議員に立候補する際の会社対応ガイド ルール作り

社員が国会議員や地方議会議員に立候補する場合、会社はどのように対応すべきでしょうか?

この記事では、社員の立候補に伴う会社の対応について、基本的な対応方法から勤務形態や賃金の取り扱い、当選後の職務と会社との関係、休職中の社会保険と福利厚生の取り扱い、そして復職時の対応と再雇用の手続きまで、詳しく解説します。

社員の公民権行使を尊重しつつ、会社としての業務を円滑に進めるためのポイントを押さえましょう。

著者プロフィール
林 利恵
林 利恵
Rie HAYASHI, MPH, PhD

博士(医学)
特定社会保険労務士
ISO30414 リードコンサルタント/アセッサー

東豊社労士事務所 代表
株式会社東豊経営 代表取締役

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社員が国会議員または地方議会議員に立候補する際の基本対応

社員が国会議員や地方議会議員に立候補する場合、会社は労働基準法第7条に基づき、公民権の行使を保障する必要があります。

公民権の行使とは

公民権の行使とは通達で以下の通り示されています。国会議員や地方議会議員への立候補は「①法令に根拠を有する公職の被選挙権」という公民権の行使に該当します。

【公民権行使の範囲】

本条の「公民」とは、国家又は公共団体の公務に参加する資格ある国民をいい、「公民としての権利」とは、公民に認められる国家又は公共団体の公務に参加する権利をいう。

例えば、「公民としての権利」には、①法令に根拠を有する公職の選挙権及び被選挙権 ②憲法の定める最高裁判所裁判官の国民審査(憲法第73条) ③特別法の住民投票(同第95条) ④憲法改正の国民投票(同第96条) ⑤地方自治法による住民の直接請求 ⑥選挙権及び住民としての直接請求権の行使等の要件となる選挙人名簿の登録の申し出(公職選挙法第21条)等がある。

また、訴権の行使は、一般には、公民としての行使ではないが、行政事件訴訟法第5条に規定する民衆訴訟並びに公職選挙法第25条に規定する選挙人名簿に関する訴訟及び同法第203条、第204条、第207条、第208条、第211条に規定する選挙又は当選に関する訴訟は公民権の行使に該当する。

出所 昭和63年3月14日 基発150号

法定期間中の選挙運動は公民権の行使に含まれるのか?

労働法コンメンタールによると、法定期間中の選挙運動も必然的に公民権(被選挙権)の行使に含まれると解されています。

被選挙権について、これが公民としての権利に含まれることは当然であるが、「被選挙権の行使」の範囲については問題がある。すなわち、厳密には「被選挙権の行使」は立候補届出のための行為に限られることとなろうが、当選のために必要な法定期間中の選挙運動は、被選挙権の行使に必然的に伴うものとして広く公民権に含ませて考えるべきであろう。

出所 改定新版 労働基準法 上 厚生労働省労働基準局編 p100

選挙運動のボランティアは公民権の行使に含まれるのでしょうか?

労働法コンメンタールによると、選挙運動のボランティアは公民権の行使には含まれません

  • 年次有給休暇
  • 欠勤 など

の取扱いになるでしょう。

しかし、自らの被選挙権の行使ではない他の立候補者のための選挙運動は、「被選挙権の行使」に含めることはできない。

出所 改定新版 労働基準法 上 厚生労働省労働基準局編 p100

公民権行使の保障

具体的には、社員が選挙活動を行うために必要な時間を請求した場合、会社はこれを拒むことはできません。

(公民権行使の保障)
労働基準法 第七条
使用者は、労働者が労働時間中に、選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、拒んではならない。但し、権利の行使又は公の職務の執行に妨げがない限り、請求された時刻を変更することができる。

出所 e-Gov法令検索 労働基準法 第7条

「拒む」ことを禁止していますので、使用者が拒んだだけで労働基準法第7条に違反します。

違反した使用者には、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられます(労働基準法第119条第1号)。

ただし、権利の行使や公の職務の執行に支障がない範囲で、請求された時刻を変更することは可能です。

なお、権利の行使や公の職務の執行に支障がない範囲であれば、日にちの変更も差支えないようです。

労働者が必要な時間を請求した場合、使用者はこれを拒むことはできないが、権利の行使や公の職務の執行に妨げが無い限り、請求された時刻を変更することは許される。

時刻の変更は日にちの変更を含まないと解する説もあるが、権利の行使や公の職務の執行に妨げが無い限りそのように狭く解する必要はないと解される。

出所 改定新版 労働基準法 上 厚生労働省労働基準局編 p103

たとえば、就業時間中の公民権の行使を拒むつもりではありませんが、できれば就業時間外に公民権の行使をして頂くように、社員と話をしても問題ないでしょうか?

被選挙権ではなく、選挙権の例ですが、参考となる通達が出ています。(昭和23年10月30日 基発1575号)

原則として、就業時間外に公民権を行使する旨の命令をすることは、就業時間中の公民権の行使を(間接的に)拒否する、労働基準法7条違反と解釈される可能性があります。

立候補期間中の勤務形態と賃金の取り扱い

立候補期間中の勤務形態や賃金の取り扱いについては、会社の就業規則や労働契約に基づいて適切に対応する必要があります。

特に、中小企業では、社員が立候補することによる業務への影響を最小限に抑えるための対策が求められます。例えば、代替要員の確保や業務の分担などが考えられます。

不就労時間の取扱い

社員が立候補期間中にどのような勤務形態を取るかは、会社と社員の間で事前に合意しておくことが重要です。

不就労時間については、次の取扱いが考えられます。

  • 公民権行使のための時間(労働基準法第7条)
  • 年次有給休暇(労働基準法第39条)
  • 公務休職(就業規則に制度がある場合)

公民権行使のための時間は「選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間」ですので、時間単位でも日単位もあり得ます。

年次有給休暇は、原則として日単位ですが、就業規則により半日単位、就業規則+労使協定により時間単位でも取得可能です。

公民権行使のための時間(労働基準法第7条)の権利を使うか、年次有給休暇(労働基準法第39条)の権利を使うか、優先順位はあるのでしょうか?

優先順位はありませんので、どちらの権利を使うかを労働者に選んで頂くことになります。

なお、休職は一般的に会社所定休日も含めた一定の期間に取得するものです。会社によっては、就業規則で公務休職の制度が定められていることがあります。

休日・休暇・欠勤・休業・休職の違い

なお、休日・休暇・欠勤・休業・休職はいずれも不就労時間への取扱いですが、混同しやすいので下表にまとめましたので、参考にしてください。

定義
休日労働の義務がない日法定休日、所定休日など
(原則として休日以外の日は労働日です)
休暇労働者の権利で、労働の義務から離れることのできる日・(時間)公民権行使のための時間、年次有給休暇、子の看護休暇、介護休暇など(労働日に対してのみ取得可能)
欠勤労働者の事情により労働の義務のある日に労働しない日私傷病による欠勤など
休業①労働者の権利で労働の義務から離れることのできる期間産前産後休業、育児休業、介護休業など
休業②会社の事情により、勤務が困難となり労働義務が免除される日・期間使用者の責めによる休業
休業③会社・労働者のいずれの責めにもよらず労働できない日・期間自然災害による休業など
休職労働者の事情により、会社から勤務しないことを命じられている期間私傷病による休職など
  • 休日はもともと労働日ではありません。
  • 休暇・欠勤は労働日に対して設定します。休日に休暇・欠勤は設定しません。
  • 休業・休職は、休日・労働日に関係なく設定します。例えば休業明けの日が会社の所定休日であっても、その所定休日が復帰日で構いません(もちろん休日なので復帰日には出勤する必要はありません)。

なお、不就労日の取扱い方法によって、年次有給休暇の出勤率の算定結果が変わりますので、ご注意ください。

  • 公民権行使のための時間 ⇒ 出勤率に含める必要がない日
  • 年次有給休暇 ⇒ 出勤したものとみなす日
  • 公職休職 ⇒ 出勤率に含める必要がない日

詳しくは下記の記事をご覧ください。

不就労時間中の給与の取扱い

給与の取り扱いについては、法令による定めがありません。

下記の通達でも、公民権行使の時間が有給か無給は当事者の自由であることがわかります。

【公民権行使の時間の給与】

 本条(筆者注釈:労働基準法 第七条)には、公民権行使の場合、給与の点において有給、無給の別が明らかでないが、地理的、時間的関係にて一日休んで行使するの要ある場合、給料を支払うべきものであるかどうか。

 本条の規定は、給与に関しては、何ら触れていないから、有給たると無給たるとは、当事者の自由に委ねられた問題である。

出所 昭和22年11月27日 基発399号

よって、公民権行使の時間が有給か無給かを、就業規則に定めて明確にする必要があります。

当選後の職務と会社との関係

社員が国会議員や地方議会議員に当選した場合、議員としての公務に就くことになります。

議員としての公務は労働基準法第7条に定める【公の職務】に該当します。

【公の職務】

本条にいう「公の職務」そは、法令に根拠を有するものに限られるが、法令に基づく公の職務すべてをいうものではなく、本条にいう「公民としての権利」を実効あるものにするための公民としての義務の観点より行う公の職務が該当するものである。

そのため、①国または地方公共団体の公務に民意を反映してその適正を図る職務、例えば、衆議院議員その他の議員、労働委員会の委員、陪審員、検察審査員、労働審判員、裁判員、法令に基づいて設置される審議会の委員等の職務 ②国または地方公共団体の公務の公正妥当な執行を図る職務、例えば、民事訴訟法第190条による証人・労働委員会の証人等の職務 ③地方公共団体の公務の適正な執行を監視するための職務、例えば、公職選挙法第38条第1項の投票立会人等の職務

出所 昭和63年3月14日 基発150号、平成17年9月30日 基発0930006号、令和2年2月14日 基発0214第12号

また、議員は公職であると同時に政治家でもありますので、公務とは別に自身の政治活動(政務)もあります。

議員としての公務や政治家としての政務があるのですね。

それに加えて、さらに会社の業務との両立は、かなり困難ですね。

議員の任期中、ずっと公民権行使のための時間を請求されても、会社は拒むことが許されないのですね。

当選した社員は、当然に議員活動に専念することが期待されます。

その反面、会社の業務遂行を著しく阻害するおそれがあります。

よって、一般的には、次の対応を取ることになります。

  • 就業規則に制度がある場合は、公務休職
  • 退職勧奨からの合意退職
  • 退職勧奨に応じない場合は、普通解雇

なお、解雇について、「懲戒解雇」は許されません(十和田観光電鉄事件 最2小判昭和38年6月21日)のでご注意ください。

普通解雇」については、学説によりますと「できない」説と「できる」説がありますが、判例によりますと、労働契約上の義務を遂行することが困難となり、使用者の業務遂行が阻害されるような場合、これを理由とする普通解雇は「できる」とされます

懲戒解雇なるものは、普通解雇と異なり、譴責、減給、降職、出勤停
止等とともに、企業秩序の違反に対し、使用者によつて課せられる一種の制裁罰であると解するのが相当である。ところで、本件就業規則の前記条項は、従業員が単に公職に就任したために懲戒解雇するというのではなくして、使用者の承認を得ないで公職に就任したために懲戒解雇するという規定ではあるが、それは、公職の就任を、会社に対する届出事項とするにとどまらず、使用者の承認にかからしめ、しかもそれに違反した者に対しては制裁罰としての懲戒解雇を課するものである。しかし、労働基準法七条が、特に、労働者に対し労働時間中における公民としての権利の行使および公の職務の執行を保障していることにかんがみるときは、公職の就任を使用者の承認にかからしめ、その承認を得ずして公職に就任した者を懲戒解雇に附する旨の前記条項は、右労働基準法の規定の趣旨に反し、無効のものと解すべきである。従つて、所論のごとく公職に就任することが会社業務の逐行を著しく阻害する虞れのある場合においても、普通解雇に附するは格別、同条項を適用して従業員を懲戒解雇に附することは、許されないものといわなければならない。

出所 十和田観光電鉄事件 最2小判昭和38年6月21日

上記の最高裁判例では、懲戒解雇は許されませんが、普通解雇ができる余地を示しています。

これを踏襲した森下製薬事件(大津地決昭和55年10月17日)も紹介します。

労働基準法七条本文(使用者は、労働者が労働時間中に、選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、拒んではならない。)は、労働者の労働時間中における公民権の行使を実質的に保障しており、右規定の置かれた趣旨及びその意義並びに右規定に違反する使用者の行為に対しては罰則が定められていることからすると、使用者において、労働者が労働時間中に公民権行使に要した時間について無給としたり、賞与等の計算に当つて右時間を勤務していないものとして取扱うことなどは現に右時間は労務を提供していないものであるうえ、労働基準法等において右時間を有給とする旨定めていないことからして同法に抵触するものではないが、その行使例えば地方議会議員への就任ということだけを理由として、当該労働者を、解雇、休職その他の不利益処分に付することは許されないものと解するのが相当であるが、労働者が公共団体の公務員に就任したことによつて労働契約上の義務を遂行することが困難となり、使用者の業務遂行が阻害されるような場合にあつては、このことを理由として、使用者が当該労働者に対し、右阻害の程度に応じて、解雇したり、休職としたりすることはなんら前記公民権行使を保障した規定に抵触するものではなく、許容されるものと解するのが相当である。

出所 森下製薬事件(大津地決昭和55年10月17日)労働関係民事裁判例集31巻5号1026頁

中小企業においては、公務に就任したことにより職務遂行上の支障が著しく、公職と職務の両立が困難な場合は、退職や、やむを得ず普通解雇が現実的な選択肢になるでしょう。

もし、就業規則に公務休職制度が定められている場合は、退職勧奨や普通解雇をお行わず、公務休職にしなければならないです。

社員から、議員への立候補のため時間の請求があったときに、選挙活動中だけではなく、当選後の取扱いについても社員と相談しておいた方が良いと思いました。

公務休職中の社会保険と福利厚生の取り扱い

社員が選挙に当選し、公務休職する場合の社会保険や福利厚生の取り扱いについても考えておきましょう。

公務休職と社会保険

議員就任による公務休職では、多くの場合会社からの給与はありません(無給)。

一般的に私傷病休職であっても、労使とも社会保険料を納付する義務がありますが、公務に就任しこれに専従する場合被保険者資格を喪失せしめるのが妥当、と示されています。

○休職と被保険者資格について

(昭和二六年二月二八日)
(電経総第四〇号)
(厚生省保険局長あて電気事業経営者会議事務局長照会)

健康保険料は法第七十一条第二項により毎月につき各保険者の標準報酬に保険料率を乗じ各保険者よりその負担分を徴収する事になつて居りますが、被保険者が労働協約又は就業規則により雇傭関係は存続するが会社より賃金の支給を停止されたような場合(例えば病気若しくは公職就任又は事故による無給休職の如き)には其の保険料算定の基礎を失い保険料の徴収は不可能となりますが、かかる場合

1 被保険者資格を喪失し保険給付を受け得ざる事になるか。
2 前項の場合資格を喪失せしめず保険給付を受けうるものとすれば負担能力なき保険料の合法的処置は如何にすればよいか。

以上二点に対し、
法第二十条並第五十五条との関連に於て、その取扱の均衡を失せざるよう取扱い度いと存じますので何分の御教示を御願い致します。

休職と被保険者資格について

(昭和二六年三月九日 保文発第六一九号)
(電気事業者経営者会議事務局長あて 厚生省保険局長回)

(答)

昭和二十六年二月二十八日附電経総第四〇号を以て御照会になりました標記について左記のとおりお答えします。

1 健康保険の被保険者が、労働協約又は就業規則等により雇傭関係は存続するが会社より賃金の支給を停止されたような場合には、箇々の具体的事情を勘案検討の上、実質は使用関係の消滅とみるを相当とする場合例えば被保険者の長期にわたる休職状態が続き実務に服する見込がない場合又は公務に就任しこれに専従する場合等に於ては被保険者資格を喪失せしめるのが妥当と認められる。

2 右の趣旨に基き被保険者の資格を喪失することを要しないものと認められる病気休職等の場合は、賃金の支払停止は一時的のものであり使用関係は存続するものとみられるものであるから、事業主及び被保険者はそれぞれ賃金支給停止前の標準報酬に基く保険料を折半負担し事業主はその納付義務を負うものとして取扱うことが妥当と認められる。

出所 昭和26年2月28日 電経総第40号、昭和26年3月9日 保文発第619号

公務休職と福利厚生

また、福利厚生についても、休職中の社員が利用できる範囲を明確にしておくことが重要です。

例えば、健康診断や福利厚生施設の利用など、社員が休職中でも利用できるサービスについては、事前に確認しておくことが望ましいです。

復職時の対応と再雇用の手続き

社員が議員活動を終えて復職する場合、会社は円滑な復職をサポートするための対応を行う必要があります。まず、復職時期や復職後の業務内容について、社員と事前に合意しておくことが重要です。もし、復職後の業務が以前と異なる場合、社員に対する適切な研修やサポートを提供することが望ましいです。

また、退職した場合においても、カムバック制度、復職制度、アルムナイ制度、キャリアリターン制度、ジョブリターン制度等呼び方は様々ですが、一度退職した社員が復職を希望した場合、再雇用する制度により、再雇用をスムーズにすることも検討に値すると考えます。

まとめ

社員が国会議員や地方議会議員に立候補する際の会社の対応について、基本的な対応方法から勤務形態や給与の取り扱い、当選後の職務と会社との関係、休職中の社会保険と福利厚生の取り扱い、そして復職時の対応と再雇用の手続きまで、詳しく解説しました。

社員の公民権行使を尊重しつつ、会社としての業務を円滑に進めるためのポイントを押さえることが重要です。この記事が、社員の立候補に際して会社が適切に対応するための一助となれば幸いです。

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